新庄山城
別名 奈良部城 | 付近住所 岡山県岡山市竹原 | 現在 新庄山 |
2005/8/17 | 碑・案内板アリ | 日本城郭大系 |
新庄氏→ 宇喜多氏 |
亀山城主中山備中守信正の臣新庄助之進の居城であったと伝えられる。山頂に石鉄神社があり新庄助之進と伊予前神寺の分霊を祀る。もと奈良辺山と称されていたが、助之進が守るようになって新庄山と呼ばれるようになったという。室町時代後期の天文17年頃浦上宗景が攻めて焼失した。近年まで点々と焼麦が出土したという。翌年3月宇喜多直家は、浦上宗景の命により、砥石城の浮田大和守を打ち敗った恩賞として奈良辺の城を賜わり乙子城よりここに移った。在城10年31歳の時主命により中山備中守と島村豊後守を同時に討ち、その功により亀山城を賜わり同城に移った。 |